プロフィール

鈴木 ゆり子(すずき・ゆりこ)
1950年、群馬県生まれ。東武伊勢崎線の羽生駅西口前に、不動産の賃貸・売買・仲介・管理を行う店舗をオープン。

2007年8月ダイヤモンド社より「専業主婦が年収1億の大家さんに変わる方法」出版

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2009年10月25日

学校の先生とは本当にやりがいのある仕事ですね。

仕事関連 

 今日は午前中は羽生のお客様のところに行っていました。AM11:30に羽生にあります埼玉純真短期大学の学長とその教え子の皆さんとお昼をご一緒させていただくことになっていたのですが前のお客様で時間をすぎてしまい40分ぐらい遅れていってしまいました。会場が羽生のピザやさんに学長さんの教え子さんたちがご主人や子供さんと一緒に15人ぐらい集まりました。中にはニュウヨークからいらした教え子さんもいてワイワイガヤガヤと楽しく、お昼を食べてからも学長のお家に行ってまたガイガイワヤワヤと楽しい時間を過ごしました。
時々、学長さんの顔を見ていますと教え子さんたちを見ている目がニコニコとやさしい目なのです・・・いいですねーほんとにいいですねー先生と言う仕事はうらやましいですね。私も学校の先生は小学5、6年生のときの先生は豊岡先生と言います、まだ覚えています、私が11~12才頃40歳以上でしたからあれから45年以上たってますがまだ覚えています、豊岡先生によく居残りをさせられて居残りが終わると何かお菓子か給食の残りのパンをもらった記憶があります。小学生のときは今でもソウですが勉強の出来ないというより嫌いな子でした。中学の1年生から3年生まで教わりました石倉先生のことはよく覚えていますし、中学の国語の割田先生に宿題(漢字の書き込み)を忘れて手のひらにしないでたたかれたことを覚えています。さすがに中学になったら食べ物はもらいませんが良く怒られたり誉められたり(?)したことは覚えています。
 学校の先生という職業は仕事の中でもその生徒(人間)にとって一生、かかわりを持っていくすばらしい仕事ですね。学長さんと今日集まった教え子さんを見ていますと親の次に影響を与える仕事だとおもいます。
 羽生市で一校しかしかない短大ですがこの学校でご縁の会った学生さんは何かを感じて入学、卒業して行っていただけたら羽生の市民として嬉しいですね。
 

投稿者 yuriko : 2009年10月25日 16:35

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